《レーシック情報》レーシックを受けたメジャーで大活躍中の松坂選手

仕方の無いことかもしれませんが、レーシックによって失敗をしてしまった例は過去にいくつかの例があります。
レーシックというのは失敗してしまうことも確かにあるので、手術前にメリットとリスクを頭に入れておくようにしましょう。 レーシックによって0.05だった視力が1.5まで回復した松坂投手はその後アメリカで大活躍をされています。
これもレーシックによって視力が回復した効果があるのかもしれませんね。

 

メジャーで大活躍中の松坂投手がレーシックをしようと思ったのは、松坂投手の先輩が実際に治療したのがキッカケらしいです。
これはニュースにもなりましたし、意外と有名な話ですね。

 

松坂投手のレーシックの手術の感想は「全然問題無いと言われていたし、治療はアッという間に終了して痛みも無かった」と報告をしています。
さらにレーシック手術後の感想は「コンタクトをしているように全てがクリアに見えるようになり喜びを実感」と言っています。





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《レーシック情報》レーシックを受けたメジャーで大活躍中の松坂選手ブログ:18年11月17日

終戦直後、
大阪から松江市に一家をあげて引っ越すことになった。

当時ボクは小学校2年生であり、
松江市はママの故郷である。

そのママが2年後、胃癌で亡くなった。
その際
「お前の取り得は明るく元気なところだから、
それを生かして前向きに生きなさい」とアドバイスしてくれた。

ボクが中学に入った頃、お父さんが喉の痛みを訴え、
病院で診てもらったら、かなり進行した喉頭癌で即入院。

胸に穴を開け呼吸孔にし、舌を切除、
流動食を作って、食べさせるのがボクの日課になった。

そんな生活が4年にわたって続いたが、
手術に次ぐ手術でも好転せず亡くなった。

その間、お父さんは筆談ながら、
いろいろな指導やアドバイスをくれ、
先述のママの言葉とともに、
ボクが生きて行く上ですごく貴重なものであった。

経済的には、高校へ進めない境遇であったが、
先生方の勧めで奨学金制度を利用し
ボクは高校を卒業した。

高校卒業後、
大阪市船場の住み込みの丁稚奉公に行き、
京都の服地店に転社。

服地のセールスに全国に出駆け、
自信らしきものが出てきた頃、
ママのいとこから「話があるからぜひ松江に来なさい」とのこと。

休日を利用して訪れたところ
「お前の嫁は、ママから頼まれていているのでぜひ会って来なさい」
びっくりしたが、見合いをして一年後に結婚した。

ボクは3人の子宝にも恵まれ、出張の多いボクにかわって、
嫁は家族を切りまわしながら、子育てにいそしんでくれた。

家族の健康にも心を配ってくれ、
お子様達も次々と巣立って行き、
現在は嫁と2人だけの生活を楽しんでいる。

つつがない日々を送れるのも、
苦しい中でもアドバイスをくれた父母、
献身的に尽くしてくれた嫁のおかげであり
家族のありがたさを痛感している。